臨床研修の必修化に伴うマッチング制度自体はすでに定着しているが,その意義についてはいまだ議論のある所だろう。
実際,医学部の定員増や臨床研修制度の小改革も行われたが,長い目で見れば「医療崩壊」は確実に進行している。
それどころか,「医療崩壊」が行政による自作自演の「医療破壊」であり,研修制度以前の様々な政策が実を結んだ結果(?)にも見える。
しかも,演出はもとより脚本に至るまですべてがデタラメで,破壊すら中途半端な現状では,気がついたら丸焼けということになっているのではないかと我が国の未来がはなはだ心配ではある。
唯一の救いは,マッチングに伴う採用試験が,純粋に試験として見たとき,各施設の努力によって,ずいぶんと整備されてきたということである。
その昔横行していた,大学病院から系列病院への派遣のための,形ばかりの試験とは,大きく様相も異なってきた。
背景にあるのは,病院単位での一括した採用では,各科に対する大学医局の支配が及びにくいという事情であり,いわゆるジッツ(関連病院)という概念の変質である。
内部の叩き上げ昇進が可能になるなど,今までならとてもこんなことはと思われていた人事が起こってきているわけだが,どうも厚生労働省は文部科学省と協力して,「研修医
〜 ピラミッド造りの奴隷」という元の姿に戻したいと考えているふしもある。
ただ,こうした混乱=乱世にあって,若い諸君にとっては絶好のチャンスも生まれてきているということだけは間違いない。
チャンスを自分のものにするため,マッチング採用試験の中核をなす論文・面接に対する対策をどのようにすべきかを指南したいと思う。
幸いにして初版以来,好評をいただき,2022年版をさらにバージョンアップしてお届けすることができた。
論文と面接は,それを文章化するか口述であるかだけの違いで,根本は同じである。
論文対策は面接対策につながり,面接対策は論文対策につながる。
便宜的に両者を分けて述べているが,読むにあたってはそのことを常に頭の中に置いてもらいたい。
もっとも,諸君の大部分は筆者とは違って大学入試に論文のあった世代の人で,しかも医学部という難関を通過してきたのだから,ある意味エキスパートなのだとも思う。
ただ,「日々に疎し」の言葉通り,入学から少なくとも6年たった今,さすがに往年の腕もにぶってきているだろう。
やはり文章というのは毎日書かなければダメである。
逆に言うと毎日書いていけばすぐにコツを思い出すはずだし,コツが身につくはずだ。
とりあえず毎日テーマを決めて書くことを勧めたい。
数学の問題ではないのだから,これで正解という答えはなく,答えは無数に存在するが,その一つ一つに完成度の高い低いはある。
それはたとえば何を書いてもよいはずの小説にも文学賞があって作品の良し悪しが論じられるのと似ている。
ハードルを高いものに設定すればそれを乗り越えたときの得点は高いが,失敗する可能性も高い。
そうかといってハードルが低すぎては,うまくいっても高い評価は得られない。
与えられたテーマに対して自分でハードルをどう設定するのか,問題は答えよりも問いかけの方であり,問題の解決そのものである。
点数をつけるとしたら,自分が書いてそれを自分が読むことで採点するしかない。
必要なのは,自分が自分の先生になるということである。
ただ,「読書百遍,意自ら通ず」「習うより慣れろ」というのはよく言ったもので,文章は書けばそれだけで上達する。
そして人の数だけ文章の数はある。
世の中に出回っている,模範解答らしきものを並べたてた論文対策本に意味がないのは,個性を際立たせるべき論文を画一化に向かわせているからである。
無数にある正解をどうやって自分なりに完璧なものにできるか,それこそが本書のテーマである。
以下,適宜学生諸君の実例を示しながら論文の書き方を指導していくが,論文を書くということは自分なりの主張をすることであって,私が書く論文も私の主張であることを了解してもらいたい。
模範論文の細部について,反論や異論のある諸君もいるだろうが,あくまで論文の書き方を学んで欲しいのであって,私の考え方を強要しているわけではない。
いずれにせよ,反論や異論を持つということは,自分なりの考えを持つということにほかならない。
批評的な目線で本書を読んでいただければ幸いである。
予備校で長くマッチング対策の講座を担当した経験から,学生の提出論文の中に見つけたダイアモンドの原石を,本書にも取り入れている。その中では,自分と「身近に」書いていくことを強調し,自分の書いたものを「読めていない」症状の分析を行っている。紙上での添削を通じてそれを感じ取ってもらいたい。
私事ではあるのだが,外科医だった父が92歳で他界したのをきっかけに,高齢者医療について考える機会が多くなり,やはり本当に「分かる」ためには「感じる」ことが不可欠なのだと認識を新たにし,本書が経験値の少ない読者に疑似体験を供することができればと思う。
また,もっと経験値の低い高校生の医学部受験にも応用可能な論文・面接のコツを充実させているので活用してもらいたい。
「直前にハローマッチングを読んでいたところ,『10年後の私について思うことを述べよ』の問題がまさに本番で出たので,すごく落ち着いて小論文を書くことができた。面接対策編も直前に目を通したのだが,読んでいて気持ちが落ち着き,本番は平常心に近い気持ちで受け答えができた」という,うれしいアンケート回答もいただいたりしている。
今年度版では特に「論文演習編のパート4:まとめ」に注目してほしい。今まで数多くの学生の論文を添削してきた集大成である。ここに挙げた8つのポイントがクリアーできていれば文章としてはOKのはずである。
新型コロナが出現した数年間で医療(我々の生活自体)はがらりと変わった。このまま収束へ向かうのか,現段階では来年を想像することはまだ難しい。そうした困難な中へ飛び込んでいく皆さんに私が送れるのは,本書を通じてのエールでしかない。ガンバレ!
筆者としては,何が本質かを常に考えながら読んでもらえれば幸甚である。
毎年のことではあるが,巻末の資料編は編集部の情熱の結晶であり,本書が輝き続けているのもそのおかげである。感謝したい。
2023年3月
著 者