医学生が卒業までに習得すべき臨床能力には,臨床研修開始時に必要な知識,技能,コミュニケーション・スキル,遵法・倫理的程度など,医師としての基本的能力のすべてが含まれます。これらのうち知識の領域で求められているのは,単に診断を確定したり,疾患の治療法を述べたりするような教科書丸暗記的医学知識ではありません。1人の患者さんを眼の前にした臨床の場で,その時点で収集できる
患者情報から病態を推測し,それに基づいて
病態改善,
確定診断,あるいは
治療法選択のために行うべき検査や治療を列挙し,その中から目の前の患者さんにとって最優先すべきものを選びだして,患者さんに分かるように説明し同意を得る,といった,
臨床のプロセスに沿った臨床推論と臨床決断の能力です。
臨床推論・決断能力の習得に最も適しているのは,
臨床実習での診療参加です。しかし,学生時代の限られた時間に多くの診療領域で診療を経験する十分な機会を得るのは不可能です。これを補う学習活動がケースカンファランスで,洗練された症例報告に基づく討論は臨床推論のトレーニング方法として極めて効果的です。ケースカンファランスは臨床実習前の問題発見型学習,臨床実習での症例発表,各診療科での勉強会,研究会などで多用されています。
公開されている医師国家試験の
臨床問題や
長文問題には,各疾患の代表的な症候や経過をたどった症例が,適切な画像付きでコンパクトにまとめられて使用されています。これらは医学生レベルでの
理想的なケースカンファランスの材料ともいえます。これらの優れた症例を単に設問の選択肢選択のための資料としてのみ使用するのは,宝の持ち腐れともいえる,全くもったいない使い方です。ケースカンファランスの症例として臨床推論能力の習得に利用すべきと考えます。
本書は,過去に出題された医師国家試験の臨床問題・長文問題中から代表的な症例を選んで,まず(1)
あなむね(主文の病歴および身体診察所見)を読み解き,(2)
患者を診る,すなわち「この患者」の具体的イメージから患者の苦痛とその医学的意味を把握していくつかの診断仮説を構築し,次いで(3)
検査所見・画像所見から現時点でこの患者に起きている
病態を推定する,最後に(4)次にどうする?,すなわち診断確定ならば治療法選択あるいは治療法選択のための検査,診断未確定ならば確定診断のための検査,など「この患者」に
最優先すべき「次の手」を考察する,というステップで解説しました。解説のレベルは医学部高学年に焦点を当ててありますが,4年生にも読んでもらえるように,臨床医学を座学で学んでいる学生諸君にも役立つよう丁寧に記載してあります。
本書が医学部学生諸君の効果的で効率的な臨床推論能力修得の一助となることを確信しています。
著者を代表して
安田 幸雄
(金沢医科大学名誉教授)