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博物館資料保存論−文化財と空気汚染

貴重な文化財を博物館・美術館で安全に展示するためのノウハウ。 博物館・美術館の学芸員,および学芸員を目指す人々の必携書!
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博物館資料保存論−文化財と空気汚染

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佐野千絵(東京文化財研究所保存科学研究室長)
呂 俊民(東京文化財研究所 客員研究員)
吉田直人(東京文化財研究所 主任研究員)
三浦定俊(東京文化財研究所 名誉研究員 (財)文化財虫害研究所理事長)
[みみずく舎:発行]
A5判,172頁,1色刷(一部4色刷)
2010/06/10発行
¥2,860(本体¥2,600+税¥260)
ISBN 978-4-86399-027-2
貴重な文化財を博物館・美術館で安全に展示するためのノウハウ。
空気中に含まれている汚染物質・化学物質が文化財をだめにする!
汚染物質の影響と,制御するための管理方法・設備を詳しく解説。
学芸員資格取得のための必修科目「保存論」を学べる唯一の成書。
博物館・美術館の学芸員,および学芸員を目指す人々の必携書!

はじめに
 空気の汚れは知覚しにくい.大気に多量の汚染物質が放出されるようになったのは18世紀末からの産業革命以降であるが,人間への健康影響が指摘され大気汚染防止への理解が進んだのは日本では1950年代のことであった.また日本で室内空気の化学物質による汚染が認識されるようになったのは,建物の気密性が高くなった1970年代からである.
 空気汚染という言葉は,昭和38年度刊行の東京国立文化財研究所(当時)紀要『保存科学』1号で関野克が著した「文化財保存科学研究概説」の中で用いられている.江本義理は化学者として大気汚染・室内汚染と用語を使い分けていたのに対して,門倉武夫は文化財の周辺空間の大気の汚れ全般を空気汚染と呼んだ.
 空気に微量に含まれる汚染物質は,文化財材料表面の性質を大きく変化させ,経年劣化とは異なるメカニズムで物質を変質し,劣化を促進させる.比較的短時間で生じる不可逆的に進む化学反応であり,その文化財に与える影響は多大である.
 室内空気汚染の問題に著者が着手したのは1989年のことである.造りたてのコンクリート造施設内では「アルカリ因子」が文化財に悪影響を及ぼすことから,新築の博物館・美術館に対する文化庁の事前協議の中で,開館は竣工後二夏を経てからという指導が行われており,実際に偏酸・苛性試験の結果が悪くて開館を延期した施設もあった.そこで著者は,博物館・美術館等での文化財の安全な展示を進めるためには,文化財公開施設の現状を把握して新築の博物館・美術館内を汚染している化学物質を定め,その発生源や室内挙動を明らかにすることが発生量の低減あるいは抑止対策に不可欠であると考えて研究を開始した.
 研究では現場の関係者と協力しながら問題に取りくむことで,展示収蔵空間の室内汚染に対する空気清浄化技術の効果を検証することができた.具体的には,建設会社,展示ケースメーカー,調湿材料メーカー,空気清浄関係の技術者や館の設計者,特に一度新築の建物で環境制御に苦労した学芸員との情報交換や,年間50件ほど新築・増築・改修される各現場への応用と精密測定による緻密な追跡調査の結果を基にして,今日の清浄化技術が開発された.現在では,あらかじめ施設の計画段階で十分に備えておけば,竣工後3カ月程度で安全に文化財を収納できる清浄空間を作れるようになった.これまでにお世話になったすべての関係者の方々に感謝を表したい.
 本書は,2008年12月に東京文化財研究所で行った中級研修「博物館・美術館等の空気環境最適化のための基礎と実践」を元に,各講師が分担して書き起こした.研修では,主に室内環境中の汚染物質の影響とそれらを制御するための管理方法と建物設備について解説し,空気環境測定のための業務委託仕様書作成と報告書解読のための知識獲得を目指した.本書では,学芸員が館の管理業務に関係する技術者と対話できるように調査の流れについて解説し,技術者に提示すれば調査目的や方法まで理解してもらえるよう,技術的に踏み込んだ内容まで記述した.学芸員の方々にはやや難解な部分もあるかと思うが,ご容赦願いたい.
 最後に,研究を導いていただいた東京文化財研究所の諸先輩,同僚の皆さんにお礼を申し上げたい.特に,細かな校正作業におつきあいくださった市川久美子氏に,心からの感謝を捧げたい.
2010年3月

執筆者を代表して  佐野 千絵

目次
第1章 文化財と空気汚染[三浦定俊]
 1.1 文化財の保存環境づくり
 1.2 室内汚染と大気汚染
 1.3 室内汚染とシックミュージアム
 1.4 化学物質の大気中濃度に関わる法規
 1.5 空気汚染物質の管理
 1.6 管理目標値の考え方
 1.7 リスクへの対処
 1.8 リスク管理を踏まえた保存環境づくり
 参考文献
 コラム1 大気汚染による文化財の被害と保存対策

第2章 汚染物質の性状とその影響[佐野千絵]
 2.1 文化財影響の研究のはじまり
 2.2 空気汚染物質によるハザードとリスク
 2.3 汚染物質の挙動
 2.4 文化財に劣化を及ぼす汚染物質の性状と発生源
  2.4.1 大気汚染物質
  2.4.2 室内汚染物質
 2.5 文化財への影響と被害例
 2.6 基準値と管理目標値
 引用文献
 コラム2 化学物質と健康

第3章 汚染物質の制御[呂 俊民]
 3.1 保存環境づくりと汚染制御
 3.2 大気汚染対策
  3.2.1 大気汚染の影響
  3.2.2 大気汚染に関わる環境基準
  3.2.3 汚染物質の性状と大気中での挙動
  3.2.4 博物館・美術館の大気汚染侵入対策
 3.3 コンクリートからのアルカリ対策
  3.3.1 アルカリ汚染の問題
  3.3.2 アンモニアによる文化財影響
  3.3.3 アンモニアの環境レベル
  3.3.4 コンクリートからのアンモニア発生
  3.3.5 施工時の低減対策
 3.4 内装材からの放散ガス
  3.4.1 博物館・美術館の酸性雰囲気問題
  3.4.2 シックハウス対策のための内装材選定
  3.4.3 博物館・美術館の建築内装材選定
  3.4.4 材料選定のフロー
  3.4.5 材料の放散量試験法
  3.4.6 材料の放散量試験と濃度予測
  3.4.7 博物館・美術館で行う簡易試験
 コラム3 シックハウス症候群と建築基準法
 3.5 空調設備による空気浄化
  3.5.1 室内汚染と浄化
  3.5.2 換 気
  3.5.3 必要換気量
  3.5.4 空調設備
  3.5.5 エアフィルタ
  3.5.6 化学フィルタ
  3.5.7 室内濃度の予測
  3.5.8 博物館・美術館の空気浄化設計
  3.5.9 化学フィルタの選定
  3.5.10 展示室と収蔵庫の空調
  3.5.11 展示ケースの換気量と汚染濃度
  3.5.12 博物館・美術館で行う空気浄化の確認
 引用文献
 コラム4 クリーンルーム

第4章 汚染の監視計画[呂 俊民]
 4.1 室内の空気汚染の監視
 4.2 監視のための環境調査
  4.2.1 調査のフロー
  4.2.2 調査の目的
  4.2.3 情報収集
  4.2.4 調査計画
  4.2.5 空気汚染の測定方法
  4.2.6 仕様書
  4.2.7 調査の実施
  4.2.8 調査結果の解析
 4.3 長期の監視計画
 引用文献
 コラム5 計測試験の依頼

第5章 汚染物質測定手法の実際[吉田直人]
 5.1 博物館・美術館等における空気環境調査
  5.1.1 科学的方法による室内空気環境調査
  5.1.2 簡易的手法と精密手法
  5.1.3 定量分析における誤差
  5.1.4 測定範囲と検出限界
 5.2 室内空気環境の測定およびモニタリング手法
  5.2.1 変色試験紙法
  5.2.2 パッシブインジケータ(R)法
  5.2.3 ガス検知管法
 5.3 文化財施設における室内空気環境のモニタリング
  5.3.1 竣工後のモニタリング
  5.3.2 既存館の場合
  5.3.3 竣工直後の精密調査
  5.3.4 開館までの空気環境測定
 引用文献
 コラム6 東京文化財研究所による「博物館・美術館等の環境調査と援助,助言」

第6章 汚染対策の実施例[呂 俊民]
 6.1 大気汚染と室内汚染対策
 6.2 火山性ガス対策
  6.2.1 建設時の大気環境調査
  6.2.2 火山性ガス対策
  6.2.3 汚染ガスの監視
 6.3 空気浄化設備の維持管理
  6.3.1 化学フィルタの更新
  6.3.2 収蔵庫の空調
 6.4 展示ケースの吸着材による清浄化
 引用文献

付 録
 A.1 用語解説
 A.2 濃度と単位
 A.3 空気環境清浄化対策に必要な基礎知識──中学校理科第一分野から勉強しなおそう

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