『チャート産婦人科』は1986年に初版が発行されて以来,四半世紀近くにわたって医師国家試験の受験生にはぐくまれてきました。この間,医師国試出題基準が幾度となく改訂されました。医師国試では最近は,正確な医学知識に加え,基礎的知識に基づき適切な臨床判断を行うための思考力が求められるようになっています。さらに,医学部の在学中にもCBTが必須化され,臨床医学を学ぶ前に基礎医学知識を整理する必要も出てまいりました。
「産婦人科学」では,まず「婦人科学」として,女性生殖器の正常構造と機能,ならびに,その病態生理を学ぶ必要があります。次に「産科学」として,妊娠・分娩・産褥の生理・病理を学びます。これらに男性生殖医学の知識を加えて,「生殖医学 reproductive medicine」が集大成されることになります。人類が生存し続けるためにも,「生殖医学」は臨床医学必須の専門領域であり続ける必要があります。最近,内科学ならびに泌尿器科学の生殖医学関連の教科書を通覧する機会がありましたが,これらの中で「男性生殖医学」の占める頁数のあまりの少なさに呆然としました。
一方,医師国試において最近の傾向をみますと,試験問題500題のうち,「産科学+新生児医学」の課題が9% 前後,「婦人科学」の課題が4% 前後,これに男性生殖医学の課題を加えると,課題の計 15 % 近くが「生殖医学」に関するものとなります。
そもそも人口の半数以上は女性であり,女性には男性に遜色なく社会的に生活することが求められている一方で,次の世代を健康にはぐくみ育てるという重要な機能が求められています。最近の国試の傾向をみても,受験生の1/3以上は女性であり,男女別の合格率では男性の約 89 % に比較して,女性は約 93 % と有意差をもって女性が優れた成績を示しています。
最近我が国では,産婦人科医学ならびに小児科医学を目指す医師が減少する傾向にあると聞きます。その一方で,女性患者はできれば同性の医師に診療を求める傾向にあります。これは小生の私見ですが,医学一般の中で「性差」がみられる医学分野は「女性診療科」として統一し,たとえば,妊娠・出産・育児なども,その範疇の中でのプライマリケアの一環として総合的に取り扱えばよいのではないかと考えます。
さらに,これからの産婦人科・新生児科医療は,周産期集中治療施設(MFICU)および新生児集中治療施設(NICU)を中心として,分娩や手術はこれらの集中治療施設で行い,妊婦・新生児健診を含めた一般産婦人科・小児科医療は衛星的な実地医療レベルで行うという,オープンシステムの方向に向かうと考えられます。これら集中治療施設の中には,院内保育所が設けられて,女性の医師・助産師・看護師などは医療・ケアの研鑽と同時に子育てができるシステムも整えられつつあります。
このような時代の要請に応えて,2007年5月には『チャート産婦人科 [1]産科』が刊行され,それよりやや遅れて今回は『チャート産婦人科 [2]婦人科』がデビューします。この間に「平成21年版 医師国家試験出題基準」が発表され,本書はこれに準拠した内容にもなっています。本書が単に医師国試の受験参考書としてだけではなく,CBTの参考書,さらに,女性医師にとってはご自身の健康に関する参考書,男性医師にとってはよき伴侶である女性を理解するための参考書としても,末永く『チャート婦人科』ならびに『チャート産科』をご利用ください。
本書の記述についてのご意見やご質問があれば,いつでも医学評論社にお寄せ頂ければ有難いと存じます。必要とあれば,質問者にメールでお返事をして,最近情報をウェブサイトのQ&Aなどに掲載してまいります。これまでも,このような愛読者の有益なレスポンスによって,「チャート」および「アプローチ」は育ってまいりました。
最後に,ご多忙中にもかかわらず,本書に貴重な画像を提供して頂きました東京医科歯科大学医学部放射線科 渋谷均教授,昭和大学藤が丘病院 病院病理科 光谷俊幸教授,東京医科大学産科婦人科学 井坂恵一教授のお名前をここに特記して,謹んで感謝の意を表します。また,本書の記載の一部や挿図の多くは福岡市の井槌病院院長 井槌邦雄先生のお原稿に基づきますことを申し添えて,深くお礼を申し上げます。さらには,日本産科婦人科学会に対しても『産婦人科研修の必修知識2007』などの多くの図表の引用許諾を頂いたことに関して,深甚なる謝意を申し述べます。
2008 年 9 月
金岡 毅