本書を開かれてさぞかし驚かれたことと存じますが,『チャート産婦人科』は大きく生まれ変わりました。1986 年に初版が発行されて以来,約 20 年後の現在まで,医師国家試験の受験生に育まれてまいりました。
しかしながら,この間に医学教育や医師国家試験の目標は大きく変わりました。たとえば,米国での STEP 1 に相当する CBT が医学教育に取り入れられて,医学生時代から高度の医療知識が要求される時代になりました。
臨床産婦人科の領域でも,時代の波に乗って,大きな変革が目下進行中です。著者は米国で 4 年間,臨床産婦人科の診療にあたりましたが,米国では全ての医師が分娩を取り扱わなければならないプライマリケアの一分野として,レジデント時代に分娩を 100件以上も直接取り扱わせます。鉗子分娩までさせるのです。一方,分娩を取り扱う産科施設は,年間数千件の分娩数がなければ産科施設としては認められず,産科医療の集中化・高度専門化が進んでいます。したがって,開業医は妊婦健診をしますが,分娩の際には大きな産科施設に赴いて分娩を直接取り扱い,妊産婦のニーズに応えています。
我が国の産科医療もまさにその後を追いかけて,今イノベーションの真っ最中です。その一方で,産科医療の崩壊なるものが叫ばれていますが,著者にいわせれば,産科医療は女性診療科の一部門にしてしまって,誰もが取り扱う診療分野にすれば,全ての問題が解決すると存じます。すなわち,誰でもが分娩を取り扱えて,しかも,分娩をする施設ではいつでも集中的かつ集学的な医療が受けられる施設にすればよいのではないでしょうか。
その意味で『チャート産婦人科』は『産科』と『婦人科』に分けました。『チャート産科』では,全ての医師が知っておくべき産科知識を追求致しました。従来の『チャート』は,国家試験に必要な最小限の常識を箇条書きにするという「メモ形式」をとっていましたが,改訂版では読み物風に「記述形式」を主体として,かなり専門的な知識も無理なく盛り込みました。高度な医学常識が容易に理解できるようにしたのです。
最近の国家試験は詰め込み勉強では対応できなくなってきています。つまり,平素から日常臨床医学で身に付いたもの,すなわち,2,3 日で忘れてしまう大脳の記憶領域で覚える医学知識よりも,小脳を中心に蓄積される医療技能がより重要となりました。たとえば,一度自転車に乗ることができた人は,一生自転車に乗ることができるのと同じです。気軽に本書を読んで頂き,本書の記載を無理なく医療技能の領域に取り入れて頂きたく存じます。
本書の記述に疑問があれば,どうぞ医学評論社にどんどん質問をして下さい。必要とあらば即刻メールなどで質問者にお返事し,最新情報をウェブサイトの Q & A などに掲載していくというところも,本書の特徴です。
我が国も,我が国の医療も,極めて厳しい現実に直面していますが,読者の皆様がその現実を乗り越えて,医師としての明るい未来を,一歩,一歩築かれることを願ってやみません。
最後に,本書の挿絵や記載の一部は,福岡市の井槌病院院長である井槌邦雄先生の約 20 年前のお原稿に基づくことを特記して,ここに深甚なる謝意を表するものです。
2007 年 4 月
金岡 毅