医薬品産業は,世界規模で多面的に同時進行している環境変化にどう対応するか苦慮している。主力商品の特許切れとジェネリック薬の参入は,経営基盤を脅かす。企業の吸収合併,工場・研究所の閉鎖,リストラ,事業縮小,競争相手との提携などは,日常茶飯事で行われている。新薬不足を補うためには,ライセンス活動にも力を入れなければならない。世界の医薬品市場の1/3以上は,外部からの導入製品で成り立っている。全世界で進行する薬価抑制策は,とどまるところを知らない。一方,欧米市場は飽和状態に達したため,発展途上国に戦略の重点を移さなければならない。先進国向けの高収益ブランド薬戦略と,発展途上国向けの低収益製品戦略も両立させなければならない。多くの人が医薬品産業を華やかな成長産業と思い描くのとは対照的に,現実は四面楚歌の状態である。将来展望が不透明なだけに,経営者も大胆な戦略を打ちだせずに苦悩している。しかし,大きな変革はいつも激動する時におこったことは,歴史が証明している。
このような状況は,10年以上前から予測されていた。この課題にどう対処すべきか考えるために,大手製薬企業の幹部社員を対象とした講習会を長年開催してきた。ある学会の役員会で,東京理科大学の村上康文教授とお会いした際,「外資系製薬企業での経験・知識を,これから医療・生命科学を学ぼうとしている若い世代に講義してほしい」と依頼されたのが,この本を書くきっかけとなった。第一線を退いてからは,趣味の温泉旅行を楽しむ傍ら,マイペースで講演・著作活動をしていたこともあって,気軽に引き受けてしまった。ところが,初心者を対象に平易に話すことの難しさに直面し,多くの知人にアドバイスをもらいながらの試行錯誤の連続になるとは想定外であった。
講義資料は,製薬企業の幹部を対象としたものを,学生が理解できるように簡素化した。それでも学生にはハードルが高かったようだが,回を追うごとに受講者が増えていつも満席状態だったのはうれしかった。あまりにも生々しい現実に直面してかなりのショックを受けた学生も多かった。当然のことながら,製薬企業,医療機関,医療機器メーカー,臨床開発業務受託機関(CRO)への就職活動を考えていた学生や,既に内定を受けていた学生は,その企業や業界の将来に不安を抱いた。講義後には多くの質問や相談が殺到した。具体的な企業名を挙げてその将来性を聞いてきた学生も大勢いた。そのような場合,調査すべき項目を挙げて自分で調べさせて対象企業の将来像を描かせ,最後にデータの見方を解説した。ほとんどの学生は,選択した企業の状況と内在する課題がわかって満足したようである。
講義では,「いかなる企業も安泰ではない」,「大切なことは,覚えることではなく,これからおこることを自分自身の肌で感じること」,「知識・情報はどこにでも転がっているが,知恵は自分が作りだすもの」,「大局観を持たないと判断ミスをしてしまう」,「小さなリスクに目がいきすぎると,大きなチャンスを逃してしまう」,「真のチャンスはほんの一瞬しか訪れない」,「自己研鑽こそが環境変化から身を守る」,「この講義を通して,皆さんが将来の生き方を考えてほしい」といったことを繰り返し強調した。今日のように不透明で気概を失いつつある時代にあっては,“フィードフォワード”で考えられる人材が求められる。“フィードバック”思考は役に立たない。理工系・薬学系の講義としては異質なものに映ったことだろう。
今回,少しでも多くの人に知ってもらおうと思い,講義内容を本著にまとめた。製薬産業および関連産業における経営戦略作成に不可欠な情報は網羅したつもりである。学生などの初心者だけでなく,幅広い読者層にとっても役立つものであってほしいと願っている。
2013年11月
藤田芳司