微生物に詳しい人は別として,本書を手にして,“放線菌ってなに?”と思う方も多いのではないか.細菌やカビは大昔から我々の生活と深い関わりをもってきたが,細菌の仲間でありながら放線菌はいまでも身近には顕在しない.19 世紀半ばに病原菌として発見されたが,その後の研究は地味な土壌微生物学の分野で行われた.放線菌が脚光を浴び始めたのは,1944 年に Waksman による結核の特効薬 Streptomycin(SM)の発見を皮切りに抗生物質生産の宝庫となってからである.抗生物質は,20 世紀において人類に最大の恩恵をもたらしたと評価されたが,その多くは放線菌によって生産されている.
わが国における放線菌の最初の記載は,やはり病原菌としての存在であり,土壌微生物としての研究も進められた 20 世紀初頭前後のことであった.放線菌研究が本格化したのは,第二次世界大戦後,占領軍司令部(GHQ)によって SM 生産菌株(Streptomyces griseus S1)がもたらされ,SM 生産の向上に取り組んだことに始まる.さらに,チフスや赤痢に有効な Chloramphenicol や Tetracycline などがやはり米国から導入され,日本人の平均寿命延長に大きく貢献した.これらのことが,放線菌由来の抗生物質探索研究を日本独自に急進展させるモチベーションとなった.こうした中,1952 年に「無名の会」が生まれ,それから発展した「放線菌談話会」(1955 年)は,抗生物質生産技術相互提供の場であった「抗生物質技術懇話会」とともに,研究者や技術者に,研究機関や企業の壁を越えて世界に追いつこうという気構え,団結心,情報共有の体制と和やかな交流を与え,放線菌研究に拍車をかけるのに役立った.1961 年に「放線菌研究会」に発展してからは,多様な研究が展開されて多くの成果を上げるとともに,放線菌株の国際的な分類学的整理事業にボランティア的に協力して組織的研究力をつちかい国際的地歩を固めていった.1970 年には遺伝生化学的研究を目指す「放線菌育種談話会」が分科会として発足し,やがてこの分野でも世界をリードする存在となった.そして 1985 年には,世界でも類をみないユニークな学会「日本放線菌学会」が日本学術会議登録団体として誕生した.爾来,新属・新種の発見,ゲノムの解明,放線菌情報の収集・開示,国際シンポジウム(ISBA’88)の開催,「放線菌図鑑」などの刊行など,世界的インパクトのある活動を展開してきた.
こうした歴史をマイルストーンとして残すため,黎明期から放線菌研究に携わった人たちに浜田 雅名誉会員が呼びかけて「放線菌の歴史を語る会」を発足させ,各自が分担執筆して学会誌に 2007 年(第 21 巻 2 号)から 2010 年(第 24 巻 2 号)にかけて掲載した.この連載をもとに,高橋洋子学会長の働きかけにより,学会 25 周年にあたる 2010 年度の記念事業として,単行本の編集を開始し,放線菌研究会発足 50 年にあたる今年(2011 年)刊行することになった.
本書には,「放線菌学会の歴史(第一部)」と「放線菌の研究(第二部)」が収載されているが,さらに,浜田編集委員長の呼びかけによって,放線菌研究や放線菌学会に関係してきた人たちから寄せられた百余の原稿が「放線菌と生きる(第三部)」として収載されている.本書が“放線菌ってなに?”にも答えて,幅広い読者を楽しませることを願いたい.
2011 年 8 月 31 日
「放線菌と生きる」編集委員会