現代の日本は、感染症の流行という観点からは、“世界一清潔な国”と言っても決して言い過ぎではない。今でも世界の発展途上国では毎年1200万人もの子供が四歳までに死亡しており、その主な原因は、消化器系や呼吸器系の感染症による。しかし、日本においても今から90年ほど前には同様の状況であった。河野稠果によれば、1921〜26年で男子は出生後1年間以内に16%が死亡し、5歳まで生存するのはわずかに76%であったという。当時、衛生水準を低くする様々な原因があったが、やはり消化器系、および呼吸器系を冒す感染症の蔓延が最も大きな理由であった。
その後、我が国の感染症研究に携わる者のたゆまぬ努力により、生命を脅かす多くの感染症を制御出来るようになった。本書は、そうした感染症との闘いの渦中に身を投じた研究者自身によって綴られた闘いの歴史である。
感染症の脅威はどの人にも等しく及ぶものである。“故きを温ねて新しきを知る”、蛮勇を振るうことでもなく、恐れすぎることでもなく、“正しく恐れる”ために本書が多くの人に読まれ、新たな段階にある新興再興感染症との闘いに備える心構えに役立つことを期待する。
2010年11月
菅又 昌実